49話 成長期の観察には意味がある
私は大抵の場合、「歯並び・咬み合わせ」と表現しています。歯並びを治しましょうではなく、歯並び・咬み合わせを治しましょうという具合です。それは「歯並び」と「咬み合わせ」が独立して存在しているのではなく、共存していると考えるから、この二つを合わせて呼んでいます。
その意味で「歯列矯正」の言葉はあまり使いません。そこには咬み合わせの概念が希薄に感じるからです。ただこれは私の気持ちの問題であって、「歯列矯正」という言葉を否定するつもりはありません。
今回は「歯並び」が悪く「咬み合わせ」が深い症例です。
【初診時口腔内写真】
15歳 男子
「歯並び」は凸凹です。「咬み合わせ」は下の前歯が見えないくらい、上の歯が覆いかぶさっています。向かって右下の歯だけ一本だけ見えるのは、歯肉が退縮しているからです。本来であれば、この部分は歯肉で覆われているはずですが、咬合時の負担過重がこの歯に集中して外傷性の歯肉退縮が生じています。
【マルチブラケット治療終了時】
治療期間は1年11ヶ月
撮影の都合上、保定装置を外していますが普段はしています。
【頭部X線規格写真】
初診
治療後
頭部エックス線規格写真は撮影条件を一定にして規格性を持つように設計されています。
よって撮影時期が異なっていても、同一人物であれば正確に比較できます。
【重ね合わせ図】
初診:実線 術後:点線
いつもは重ね合わせ図で治療効果の説明をしますが、今回はしません。今回は成長について考えます。まず言葉の意味を確認しておきます。「成長とは大きくなる」ことを言います。
本症例は15才男子、成長中なので骨格は大きくなります。骨格の実線と点線のズレは成長によって大きくなったと解釈します(歯は装置の影響を受けています)。
頭部(額)、上顎骨、下顎骨それぞれの様子を見てみましょう。
頭部(額):1㎜前方に大きくなった。
上顎骨 :1㎜前下方に大きくなった。
下顎骨 :5㎜前下方に大きくなった。
骨格が大きくなる時、一様に同じ量サイズアップしていません。頭と上顎骨に比べ、下顎骨の成長量が大きいことが分かりました。
このことは、この年齢の成長様式に合致したもので想定どおりの動きです。
頭と上顎骨は乳児期から幼児期に旺盛な成長を示します。その後になって下顎骨が優位に成長しはじめます。部位によって成長時期と量に違いがあるのです。下顎骨は思春期に最も旺盛に成長します。
【口腔内の比較】
初診時
治療後
負担過重がなくなり歯肉退縮は改善、深かった咬み合わせは浅くなりました。
美しく、機能的な「歯並び・咬み合わせ」の完成です。
本症例がなぜ治ったか考えましょう。
歯並びに対しては抜歯で対応しました。咬み合わせに対してはふたつの工夫をしています。ひとつは装置を利用して、上顎前歯を圧下するような手技を施しました。もう一つは成長を利用しました。つまり、思春期に下顎骨が前方成長することは、あらかじめ分かっていたので、装置との相乗効果で咬み合わせは浅くなるものと予測しました。
あなたの口で実験してみましょう。上下の歯を接触させたまま下顎をゆっくり前に出していきます。どうです、前歯の咬み合わせが浅くなりましたね。私はこのことを、装置と成長でもって行ったのです。
私は本人の成長を予測しながら、適切な時期に効率の良い治療をしたいと考えています。ですから観察中の患者さんであっても、私にとっては治療時期を待つ大切な観察で、言わば戦略的観察なのです。半年・一年と期間があいても、きちんと来院して下さい。私はあなたの歯並び・咬み合わせを治すために考えを尽くしています。